ユディト(STORY)
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 アルコールで血流が良くなっていたせいか、将軍の首のない胴体からは鮮血が勢い良く飛び散りユディトの衣服を汚した。ユディトはごろりと転がった首を左手で掴むと震えながら立ち上がり、床に転がる兵士達の身体に躓かないよう注意しながら、素早く出口に向かって走って行った。(→イメージイラスト

 すでに夜は明けようとしており、周囲には重く、白い朝靄がずっしりと立ちこめはじめていた。ユディトは館を抜けると傍らに持った首を布にくるみ、周囲を注意深く見渡した。あちらこちらで野営のアッシリア兵が深く眠りこんでいたので、音をたてないように注意しながら、彼女は味方のように立ちこめる朝靄にまぎれてベツレムの城内へとまっすぐ駆け戻っていった。
 ベツレムの街では、彼女の使用人から事情を聞き、心配した人々が今や遅しと彼女の帰りを待ちわびていた。彼女は城門を抜けると、皆の注目を浴びながらまっすぐに中央広場のイスラエル軍テントに向かった。そしてそのまま静かに進み出て兵士達の前でフォロフェルネスの首を取り出してみせた。
 一瞬の沈黙の後、人々の割れるような歓声が大地を震わせた。彼等はドンドンと大地を踏みならし、女や子供達も次々に家から飛び出してきて彼女を取り囲んだ。心配した軍の司令官に助け出されるまで、ユディトはしばらくの間、口々に彼女の名を叫ぶ感極まった群集にもみくちゃにされた。

 イスラエル兵達はユディトが持ち帰った将軍の首を長い槍に突き刺して城外にさらした。指揮官を失ったアッシリア軍は雲散霧消し、ある者は逃げ、ある者は城壁の中へ突っ込んで行ったがやすやすとイスラエル兵達に討ち取られていった。状況不利とみた将軍の側近達は、やがて将軍の首と累々と転がる兵士達の屍を置き土産とし、残り少なくなった軍勢を率いて東の地へ退いて行った。

 太陽は今日も熱く、高く昇りはじめていた。うっそうと渦巻く黄色い砂埃と抜けるような青空の下で、イスラエル兵とベツレム住人達の勝利の雄叫びは、長く、高くいつまでも続いていった。


-終わり- 
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